第6章 因縁の終焉
食事のあとの道場は、穏やかな静けさに包まれていた。
笑い声も片付けの音も消えて、残っているのは夜風と虫の声だけ。
縁側に腰を下ろし、斗亜は空を見上げる。
東京の夜空は、京都で見たそれよりも少しだけ柔らかい。
湯呑を持つ手から、湯気が細く立ちのぼる。
「…静かだな」
ぽつりと呟く。
隣に、音もなく剣心が座った。
同じように湯呑を手にしている。
しばらく言葉はない。
風が庭の草を揺らす。
「騒がしい方が好きでござるか?」
剣心が静かに言う。
斗亜は小さく鼻で笑う。
「いや…騒がしいのが慣れてねぇだけだ」
少し間を置く。
「こういうの」
その声には、昼間のような遠慮はもうなかった。
剣心は空を見上げたまま言う。
「居場所が出来たでござるな」
斗亜の肩が、わずかに止まる。
湯呑の中の湯気が揺れる。
すぐに顔を背ける。
「うるせぇ」
いつもの調子で返す。
だが声は、どこか柔らかい。
沈黙が落ちる。
その沈黙は重くない。
ただ心地いい。
斗亜はふっと息を吐く。
「なぁ、兄貴。なんで俺なんだ?こんな…人斬りだった俺を…」
剣心はすぐには答えない。
少しだけ考えてから、いつもの調子で言う。
「拙者も元・人斬りでござるよ」
斗亜が一瞬言葉を失い、そして小さく笑った。
「あ…そりゃそうか」
その笑いのあと、視線を落とす。
「…ありがとな」
今度ははっきり言った。
誤魔化さない声だった。
剣心は何も言わない。
ただ湯呑を口に運ぶ。
夜風が吹く。
斗亜は空を見上げる。
目の奥が、少しだけ熱い。
だがもう下は向かない。
「明日、久々に稽古つけろよ」
いつもの調子で言う。
「容赦せんでござる」
「望むところだ」
二人の間に、笑いが落ちる。
縁側の灯りが揺れる。
その光の中で、斗亜は初めて戦場ではない場所で、過去ではない場所で、“今”を生きている顔をしていた。
東京の夜は静かに更けていく。
帰る場所は、もうここにあった。
因縁の終焉――完