第3章 因縁の残響
昼前だというのに空気は冷え、澱んでいた。
斎藤が足をようやく止めた。
「ここでいいか」
斗亜は何も言わず、数歩退く。
二人の間に、自然と間合いが出来る。
詰めすぎない。
離れすぎない。
自然に出来上がった距離だ。
お互いに刀には触れない。
だが、いつでも届く距離だ。
「確認しておく」
斎藤が声を上げた。
「俺はお前を捕らえに来たわけじゃない」
「じゃあ…何のための力量だ」
斗亜の視線は動かない。
「単なる興味だ」
「お前の興味だけでは、納得できない」
「だが、理由としては十分だろ」
その瞬間だった。
斎藤の“気配”が落ちた。
消えたのではない。
研ぎ澄まされた。
余分のものが削ぎ落とされ、ただの刃のようになる。
斗亜の指が、静かに刀の鯉口に触れる。
抜かない。
いつでも抜ける状態だ。
空気が張り詰める。
次の瞬間、斎藤が動いた。
踏み込みは一直線。
無駄がない。
地を滑るような速さ。
視界から消えたように見える。
斗亜は半歩だけ下がる。
刃が頬をかすめる。
風が頬を撫でる。
風は、ほとんどない。
斬撃が空を裂いた感触だけが残る。
「ほぅ…」
斎藤の低い声。
斗亜は斬り返さない。
位置を変えるだけだ。
呼吸を乱さない。
足の置き方だけで、間合いを崩す。
二太刀目は更に速くなる。
先ほどより深く踏み込んでくる。
「(速い…)」
心の中でだけ認める。
避けきれない。
そう判断した瞬間、斗亜の手が動いた。
鯉口が切られる。
刀が鞘から抜かれる。
キィィィィィィン!!!!
細い路地に、初めて金属音が響いた。
刃と刃が、ぶつかる音だ。
金属音は短く、低い。
その一瞬に込められた圧は重く、お互いの腕を通して全身に伝わる。
力任せではない。
軌道でもない。
読みと重心が、完全に噛み合っていた。