第2章 始まりの合図
両脇に低い木が並び、木漏れ日が斑に落ちている。
草の匂いが濃く、湿り気を帯びた風が肌を撫でた。
斗亜は歩幅を少し落とした。
速く歩く必要がないことに、今更気付いたように。
「静かだな…」
誰に言うでもなく呟く。
返事はない。
それが、心地よかった。
しばらく歩くと、小さな川に出た。
飛び石がいくつか並び、渡れと言わんばかりだ。
斗亜は草鞋と足袋を脱ぎ、足先を水に浸す。
冷たい。
だが、嫌ではない。
水音を聞きながら、石を渡る。
一つ、二つ、三つ。
途中で立ち止まり、流れを見る。
透明な水の中を、小さな魚がすり抜けていった。
その速さに、思わず目を細める。
「元気だな…」
魚は返事をしない。
それでも、斗亜は満足した。
流れを越えた先で、足袋と草鞋を履き直す。
腰を伸ばし、背中を軽く鳴らす。
体は、よく動く。
痛みも、違和感もない。
「ちゃんと歩けてるな…」
誰に確かめるでもなく、そう言った。
道はやがて、ゆるやかな坂になった。
登りきった先で、視界が開ける。
畑があり、遠くに屋根が見える。
町というほどではないが、人の暮らしがある場所だ。
ぐぅ…。
腹が、静かに鳴った。
「飯時か…」
斗亜は苦笑し、懐を探る。
干し飯が少し残っている。
贅沢は出来ないが、十分だ。
畑の端、日陰になっている所に腰を下ろし干し飯をかじる。
噛むほどに、素朴な味が広がる。
特別美味いわけではない。
風が吹き、葉擦れの音が重なる。
遠くで、人の笑い声がする。
斗亜は空を見上げた。
雲がゆっくり流れていく。
「急ぐ旅じゃないってのも、悪くないな…」
言葉にした途端、胸の奥が軽くなる。
何かを振り切ったわけでもない。
何かを決めたわけでもない。
ただ、今は目的もなくこの道を歩いている。
それだけだ。
干し飯を食べ終え、立ち上がる。
埃を払うと、また歩き出した。