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緋色の誓い

第2章 始まりの合図


「人斬り抜刀斎に、恨みを持つ者か?」

宿主は、力無く笑った。

「あぁ…」

膝が崩れ、壁にもたれかかる。

「昔…息子が…お前に殺されたんだ…」

その言葉で、胸の奥に沈んでいた記憶が静かに繋がった。

宿屋冴島。

看板を見た時の違和感。

斗亜は、ゆっくりと刀を下ろした。

「悪かった…」

低く、短い謝罪の言葉。

宿主が顔を上げる。

「貴方のご子息…冴島信彦さん…」

「…っ!?」

名を口にした瞬間に、宿主の目が大きく見開かれた。

「最期に、こう言ってました…」

斗亜は、視線を逸らさない。

逃げない。

「【親孝行出来なくて、すまなかった…】と…」

言葉が落ちた瞬間、宿主の体から力が抜けた。

床に膝をついた。

「信彦…」

声が、震える。

押し殺そうとしても、止まらず出た。

肩が揺れ、嗚咽が漏れる。

斗亜は何も言わない。

慰めもしない。

ただ、その場に立ち尽くす。

長い沈黙が夜の静けさだけが、二人を包む。

やがて、斗亜は刀を納めた。

ゆっくりと。

そして、踵を返す。



夜明け前。

空がわずかに白み始めている。

斗亜は身支度を整え、宿屋冴島を出た。

宿主は見送りに出ない。

止めもしない。

恨みは消えない。

過去も消えない。

だが、最期の言葉は届いた。

斗亜は振り返らず、再び東海道を歩き出す。

流れるように。

夜は、静かに明けていった。

東海道を歩いていると、道がふいに二つに割れた。

どちらも人が通った跡はある。

片方はなだらかで、もう片方は少し細い。

斗亜は足を止め、しばらく眺めた。

急ぐ理由はない。

追われてもいない。

待つ者もいない。

「さて、どっちに行こうか…」

独り言が、思ったよりも軽く出た。

風が吹き、草が揺れる。

鳥の声が、遠くで一つ鳴いた。

斗亜は足元に落ちていた細い枝を拾い上げる。

特に意味は無いが、昔から道に困った時はそうしてきた。

枝を地面に立て、指を離す。

少しふらついてから、右へ倒れた。

「……」

一拍置いて、斗亜は笑う。

「よしっ!こっちに行くか!」

右の道へ、何の迷いもなく足を踏み出した。

道は細いが、歩きにくくはない。

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