第5章 因縁の余燼
迷宮の通路は、息を呑むほど静かだった。
足音だけが、冷たい石に吸われる。
ザッ。
剣心が突然立ち止まる。
斗亜も同じように、空気の変化を感じ取って止まった。
「ちょっと!せっかちね!」
由美が息を乱しながら文句を言う。
「そこは違うわよ。そこは方治の間で今は空よ、空!」
しかし剣心は動かない。
視線は一点。
扉。
その向こうから、確かな“気配”が染み出している。
「いや…確かに…誰か居る…」
斗亜が呟く。
左之助が由美を下ろし、両肩を掴むように問い詰める。
「言いがかりは、よしてよ!!」
由美は苛立ちを隠そうともしない。
「さっきも言ったけど、今作戦の立案者はあくまで方治!!志々雄様はこの“決闘”でそんな真似しないわ!」
早口でまくしたてる。
「大体その方治にしたってほぼ戦闘不能状態!ここに居るはずないし!!断じてこの中には十本刀はいないはず!!」
斗亜の脳裏に、葵屋を出る直前の空気がよぎる。
翁の頼み。
操の涙。
“連れて帰る”という言葉。
「じゃあここにいるのは十本刀以外で…それでいて志々雄のアジトに居るってことは…兄貴!」
斗亜が剣心を見る。
剣心も同じ答えに辿り着いていた。
「あぁ…この中に居るのはあの男…」
剣心の声が低く落ちる。
「隠密御庭番衆御頭…四乃森蒼紫!」
左之助が息を呑み、汗が頬を伝う。
「どうするよ剣心…」
「約束…」
斗亜の胸の奥で、その言葉が鳴る。
剣心は迷いのない目で、扉を見つめた。
「約束でござるよ…」
声は静かだが、覚悟の重みがある。
「蒼紫を必ず連れて帰るという操殿との約束。そして蒼紫との再戦の約束…」
一歩、扉へ近づく。
「この機を失えば、二つの約束は永遠に失われるでござる」
剣心の指が、扉の取っ手にかかる。
「約束を果たすのは今…この闘いの扉だけは拙者自らの手で開けねばならぬ…」
ギィィィィィ…。
重い音が、通路に長く尾を引いた。