第5章 因縁の余燼
「和尚さま、今日のごはん何?」
「また芋か?なんて顔するでない。今日はちゃんと大根もあるぞ」
囲炉裏を囲み、湯気の向こうで子どもたちが笑う。
安慈にとって、あの寺は世界の全てであり、子どもたちが、そのまま“仏”だった。
だがある日、村の男たちが寺に怒鳴り込んできた。
「お上の御達しだ。“廃仏毀釈”だとよ。寺は壊す。お前も出ていけ」
安慈は自分の身のことはどうでもよかった。
頭に浮かんだのは、ただ子どもたちのことだけだ。
「この子らは…」
「知るか。ここはもう寺じゃねぇ。邪魔なんだよ。さっさと消えろ」
その言葉は、鋭い刃よりも深く、安慈の胸を突き刺した。
それでも安慈は、村人たちを責めなかった。
ただ、子どもたちに笑ってみせた。
東京へ行こう。
ここより暖かいところで、新しい寺を建てよう。
みんなで、また暮らせばいい。
子どもたちは目を輝かせ、嬉しそうに頷いた。
明日からの未来が、そこには確かにあった。
…はずだった。
その夜。
安慈が滝に打たれ、身を清めている最中だった。
闇の向こうに、不穏な光が揺れた。
赤い。
嫌な、色だった。
「…寺が」
燃えていた。
火の手は高く、夜空を焦がしている。
安慈は裸足のまま走り、炎の中へ飛び込もうとした。
中には子どもたちがいる。
だが、その背中を容赦なく何かが殴りつけた。
鈍い衝撃。
頭の中で鐘の音が響くように、世界がぐにゃりと歪む。
地面が遠ざかる。
視界の端で、炎が踊る。
子どもたちの泣き声が、遠ざかっていくように聞こえた。
「どうか…この子たちだけは…」
薄れゆく意識の中で、安慈は御仏に祈った。
必死に、喉が潰れるほど。
だが、寺は全焼し子どもたちは、誰一人として生き残れなかった。
翌朝、焼け跡の中で、安慈はただ座り込んでいた。
焦げた木々と、黒く砕けた瓦と、灰と、冷たくなった小さな何かに囲まれて。
御仏は安慈を見放した。
その瞬間、優しげだった坊主の顔は、鬼の形相へと変わった。
安慈は剃刀を捨て、袈裟を捨て、祈りを捨てた。
代わりに拾ったのは、重い石、丸太、そして自分の体重だった。
拳を鍛え、骨を砕き、皮を破り、また鍛えた。
十重二十重に積み重ねるように修行を繰り返し、やがて拳そのものが、岩のようになっていった。