第5章 因縁の余燼
「せっかく、ああ言ってるんだ。お言葉に甘えて代わってやったらどうだ?これ以上は冗談じゃ済まなくなるぞ」
斎藤が煙草をふかしながら言う。
「ちょっと安慈和尚!志々雄様はそいつを殺せと…」
「口出し無用。私には生殺与奪の自由がある」
ぞ…っ。
斗亜の背筋に嫌な寒気が走る。
生殺与奪。
救う者と罰する者を、自らの価値観で峻別する権利。
まさに“神仏”を気取る言葉。
「(安慈…本気で自分が“神仏”でも気取ってるのかよ…)」
斗亜は拳を握る。
剣心もわずかに眉を寄せた。
彼の“理”とは最も相容れない思想だ。
左之助は血にまみれた口元で、フッと笑った。
「“生殺与奪”?なんだそりゃ。つまり、生かすも殺すもてめぇ次第ってことか」
ゆらりと立ち上がる。
血の糸を垂らしながら。
腹を押さえながら。
体はガクガク震えているのに、目だけは死んでいない。
「明王になるだの…神仏気取りでいい気なもんだよ、てめぇ」
斗亜は息を呑んだ。
「(まだ…立つのかよ、左之助…)」
左之助は拳を握り、安慈を睨み上げた。
「生殺与奪?上等じゃねぇか…」
魂がこびりついた声で吠える。
「どっちが“救われねぇ化け物”か…殴り合って、今からハッキリさせてやるよ!!!」
部屋中の空気が震えた。
それは恐怖でも驚愕でもなく“意地”だった。
「その生殺与奪は志々雄から与えられたもんだろーが。じゃあ志々雄が一番偉い仏って訳か?コラ」
左之助の容赦のない一言に、安慈はわずかに目を伏せ、しばし沈黙する。
空気が、ひりつく。
「与えられたものではない」
安慈はゆっくりと顔を上げた。
その黒く塗られた目元の奥で、炎が静かに燃えている。
「明治政府の破壊という一点で私は志々雄殿と合意した。私はあくまで協力しているに過ぎぬ。もし志々雄殿の造る新時代が“救世”にそぐわないものならば…その時は私は志々雄殿を敵に回し、再び破壊する」
由美は驚愕に目を見開いた。
「えっ…ちょっと、和尚…?」
志々雄に絶対の忠誠を誓うはずの十本刀が、あっさり“再破壊”を口にする。
それは、ある意味で恐ろしいほど“本物”の狂気だった。
左之助はため息をつくように鼻で笑った。