第4章 因縁の残火
翁の願いが「殺せ」であっても。
蒼紫がどれだけ深く修羅に堕ちていようとも。
兄は、決して誰の命も捨て置かない。
斗亜の胸にも、兄と同じ光が灯る。
「(兄貴…あんたなら、きっと…)」
剣心が小さく頭を下げた。
「翁殿…承った。だが…」
その先を言う前に、翁はわかったように小さな笑みを返した。
「不殺を心に誓っている君達にとって、この頼み事禁忌を破るものだとは重々わかっている。じゃが、今の蒼紫を斃(たお)せるのは君達をおいて他におらん…人である事を捨てた修羅を斃せるのは君達だけなんじゃ」
悲しみとも希望ともつかない、不安定な揺らぎ。
剣心と斗亜は、静かに視線を合わせた。
蒼紫との決戦。
修羅を救う最後の闘いが、今、始まろうとしていた。
翁の部屋は静まり返っていた。
その静寂を破るように、剣心がゆっくり口を開く。
「翁殿のその傷…恐らく“回天剣舞”か、それ以上の技によるものだと見受けたでござるが…」
翁の目がわずかに揺れた。
操が息を呑む。
剣心は続けた。
「拙者の思うに、もし本当に蒼紫が“修羅”となり、ただ敵を屠るためだけに技を繰り出していたのなら…翁殿は今頃、墓の下にいておかしくはないはず」
その言葉に、翁はゆっくりと目を見開いた。
「…どういう、ことじゃ?」
「その蒼紫って奴は、まだ“修羅”なんかになっていないってことですよ」
斗亜が静かに言った。
剣心とよく似た、だが鋭さを帯びた朱色の瞳が翁に向けられている。
「おそらく本人すら気付いてない…無意識のうちに、一瞬だけ“手加減”が生じたんだ」
翁の肩が震えた。
「それは蒼紫がまだ“人”であることを捨てていないっていう、何より確かな証だろう…」
斗亜は言葉を噛みしめるように続ける。
「たとえ体が一生、消すこともできぬ修羅に支配されたとしても…」
剣心はゆっくりと立ち上がり、翁にまっすぐ向き合った。
「拙者は“人であろうとする心”の方を信じるでござるよ」
剣心の声は凪いだ水面のように静かで、けれど胸に染み渡る強さがあった。
「蒼紫の安息の地は“死”ではござらん」
剣心はそっと指先で畳を触れ、その温もりを確かめるように言った。