第4章 因縁の残火
「だがな」
視線を上げ、はっきりと言う。
「蒼雲・鎮は、もう刀としての役目を終えてる」
「……」
「直せねぇとは言わねぇ。でもな…」
新堂は工房の奥を一瞥する。
「蒼雲・鎮は“斬らない覚悟”を無理に背負わせた刀だ。今のお前が振ったらまた折れる」
斗亜は、何も言えずに黙る。
「お前が欲しいのは“逃げないための刀”だろ?」
「あぁ…」
「だったら鎮じゃ足りねぇ…」
新堂は奥へ向かい、しばらくして戻ってくる。
その手には、丁寧に布に包まれた一本の刀。
「これを持て…」
静かに差し出される。
「蒼雲だ。今はこれしかねぇ」
斗亜は目を見開く。
「まだあったんだな…」
「当たり前だ。俺が打った刀だ。自信作を捨てるかよ」
一度視線を逸らし、低く続ける。
「その蒼雲はな、お前が人斬りだった頃も、所帯を持った頃もお前と一緒に生きてきた刀だ」
「……」
「妻と息子を思い出すのが怖ぇなら、尚更それを持て」
新堂の声は、静かだが強い。
「忘れるな…背負え。蒼雲で作った因縁なら、蒼雲で因縁に向き合え。過去に呑み込まれるな!未来を守るために、振るえ!!」
真っ直ぐな目で、斗亜を射抜く。
「いつまでも、俺がお前の重い過去を預かってやれると思うな」
工房が静まり返る。
斗亜はゆっくりと蒼雲へ手を伸ばした。
震える指先。
柄へ触れる。
ぎゅっと握った、その瞬間視界が白く霞む。
風が吹く。
満開の桜。
その木の下で、桜が笑っていた。
腕の中には、小さな幸太。
まだ赤ん坊だった頃の幸太。
桜は何も言わない。
ただ、優しく微笑んでいる。
幸太も無邪気に笑っていた。
その光景は一瞬で消える。
工房へ現実が戻る。
斗亜の目から、一筋だけ涙が零れ落ちた。
「桜…幸太…」
小さく漏れたその名を、新堂は何も聞かなかった。
ただ静かに斗亜を見つめていた。