第40章 【第三十五話】インクの檻
「……なん、で」
掠れた声が落ちる。
ティファは答えない。
ただ静かに、ラビを見上げている。
その瞳には、怒りも憎しみもない。
だからこそ、余計に苦しかった。
頭の奥で、もう一人のラビが笑う。
――安心しろ。
――“お前”が死んでも、ブックマンは絶えない。
――“オレ”こそ本当の“お前”だからな。
「……っ」
ラビの膝が揺れる。
水面に赤が落ちる。
ティファの指先だけが、まだナイフを握ったまま離れない。
「……どうして」
ティファが静かに呟く。
「どうして、行っちゃったの」
ラビの呼吸が止まる。
違う。
それは――。
お前が、行けって言ったんだろ。
喉まで出かかった言葉が、声にならない。
ティファは続ける。
「私、あの時……怖かった」
静かな声。
ひどく弱々しい。
今まで見たことがないくらい。
「でも、ラビは行った」
胃の底が冷えた。
「振り返らなかった」
「っ……」
違う。
振り返った。
何度も。
それでも進んだ。
進むしかなかった。
分かってる。
分かってるのに。