第39章 【第三十四話】約束を守るために
その頃、切り離された空間では、ティファの意識がゆっくりと沈んでいた。
光が遠ざかる。
音が消える。
倒れ込んだまま、指一本動かせなかった。
喉は焼けるように痛み、息を吸うだけで鋭い痛みが走る。
声を出そうとしても、空気が掠れて漏れるだけだった。
視界も滲んでいる。
それでも、ぼんやりと理解していた。
ここにいたら、助からない。
ヴェインは消えた。
けれど、この空間そのものが崩れかけている。足元の石畳はひび割れ、霧の奥では、形を失った景色がゆっくりと溶けていた。
逃げなければならない。
立たなければ。
約束したのだから。
けれど、身体は動かなかった。
その時。
霧の奥で、何かが蠢いた。
ぬるり、と。
黒い影。
人の形をしているようで、人ではない。
方舟の歪みから滲み出したような、輪郭の定まらない何か。
音もなく、床を滑るように近づいてくる。
反応しなければと思う。
レイピアを顕現しなければ。
立たなければ。
逃げなければ。
けれど、指先すらもう言うことを聞かなかった。
影が、すぐ目の前で止まる。
黒い霧の奥で、何かが蠢いている。
それが、倒れたティファを見下ろした。
腕のようなものが伸びる。
掴まれる。
そう思った、直前。
霧の向こうで、微かに火薬の匂いがした。
次の瞬間。
銃声が、空気を裂いた。
何が起きたのか分からないまま、目の前の影が撃ち抜かれ、黒い霧のように崩れ落ちる。
「……手間かけさせんな」
低い声。
遅れて、煙草の匂いが届いた。