第39章 【第三十四話】約束を守るために
沈黙。
崩れかけた方舟の中で、霧だけが静かに流れていく。
やがて、ヴェインは目を伏せた。
「……そうか」
低い声だった。
「なら、君は僕の側には来ないんだね」
「ええ」
「僕の母を奪った世界を、それでも守るんだね」
ティファの声が、震えながらも強くなる。
「私は、あなたの怒りも、痛みも否定しない。でも、その痛みで誰かを縛ることを正しいとは思わない」
ヴェインの表情が、初めて静かに歪んだ。
怒りとも、悲しみともつかない色。
「……君は残酷だ」
ティファの胸が痛む。
「救いを信じる顔で、僕の母が奪われた道へ戻っていくのか」
ヴェインの足元から、霧がゆっくり広がっていく。
「君はまだ、戻る場所を選べる」
ヴェインの瞳が、冷たく沈む。
「自分を失わずに、誰かの名を呼べる」
ティファは双剣を握り直した。
「なら、見せてみろ」
霧が濃くなる。
「君がどこまで、その意志で立てるのかを」
次の瞬間。
ヴェインの姿が、霧の中へ溶けた。
ティファは双剣を構える。
足元の石畳を踏みしめた感触が、僅かに遅れて返ってくる。
同じ場所に立っているはずなのに、時間が噛み合っていない。
この戦いに、費やせる時間はない。