第39章 【第三十四話】約束を守るために
「なら、何を知っていたの。あなたは、母とどういう関係だったの」
ヴェインは、すぐには答えなかった。
崩れかけた方舟の中で、彼だけが異様に静かだった。
天井から石片が落ち、遠くで回廊が崩れる音が響いている。
それでも、ヴェインの周囲だけは、水の底のように時間が澱んでいる。
「君は、今もその歌を信じているんだね」
「……何?」
「苦しむ魂を送り、迷った者を導く。君にとって、それは疑う余地のない救いなんだろう」
「当然でしょう」
ティファは即座に返した。
「救われる魂があるなら、私は歌う」
「そう」
ヴェインは、どこか遠いものを見るように微笑んだ。
「君の母親も、その力の危うさを知っていた」
胸の奥を、冷たいものが貫いた。
「……危うさ?」
「泣く者へ寄り添い、怯える者を鎮め、死者の魂を送る。それはセトラにとって、祈りであり、役目でもあった」
ヴェインの声は、穏やかだった。
けれど、その奥にある冷たさが、肌を刺す。
「けれど、救いを求める者は際限なく彼女たちを求めた」
ヴェインの瞳が、わずかに暗くなる。
「祈りはいつしか、彼女たち自身の輪郭を薄めていった」
喉の奥で、ニルヴァーナが不安定に脈打った。
聞きたくない。
けれど、目を逸らせなかった。
そんな矛盾した感情が胸の奥で絡まり、ティファは言葉を失った。