第36章 【第三十一話】命を繋ぐ海
けれど、アニタは動かなかった。
隣には、マホジャが立っている。
二人とも、穏やかな顔だった。
あまりにも穏やかで。
だからこそ、嫌な予感がした。
「アニタさん……?」
リナリーの声が震える。
アニタは、ふっと微笑んだ。
そして、リナリーの濡れた髪へそっと触れる。
「髪……また伸ばしてね」
リナリーの瞳が揺れる。
「とても綺麗な黒髪なんだもの。戦争なんかに負けては駄目よ」
「そんな……」
リナリーの声が潰れる。
アニタは今度、ティファへ視線を向けた。
「ティファちゃん」
ティファは顔を上げる。
雨に濡れた睫毛の奥で、アニタは優しく微笑んでいた。
「あなたが歌っていた時、不思議だったの」
胸が揺れる。
「怖いはずなのに、怖くなかった」
静かな声。
「死にたくないって思っているのに、それでも……大丈夫だって思えた」
喉の奥で、ニルヴァーナが脈打つ。
「救われたのよ、きっと」
その言葉は、ティファの胸へ小さな棘のように刺さった。
救った。
本当に、そう言っていいのだろうか。
立ち上がってほしかった。
生きてほしかった。
けれど、終わりを穏やかに受け入れさせたかったわけではない。