第36章 【第三十一話】命を繋ぐ海
「じじい」
低い声。
「これ、本当にリナリーの黒靴――ダークブーツなのかよ」
ブックマンは結晶を見据えたまま、険しい顔をしていた。
「問題は、そこではない」
「は?」
「重要なのは、こいつが武器という形を解いて、自ら適合者を守ったことだ」
ラビの目が見開かれる。
「……イノセンスが、リナリーを?」
「適合者を救うために勝手に動いた」
ブックマンの声が、低く沈む。
「これは異例中の異例だ。もしそんなことが可能なら、これまで戦死していった適合者達にも、同じことが起きていてもおかしくない」
誰もすぐには言葉を発しなかった。
波音だけが、壊れた船縁を撫でていく。
ティファは結晶の中のリナリーを見つめた。
イノセンスが、適合者を救った。
それが意味するもの。
その可能性が、頭の奥を冷たく撫でる。
ハート。
そう呼ばれる、特別なイノセンスの存在。
誰も口にはしなかった。
けれど、同じ考えがこの場の何人かの胸に浮かんだのは、明らかだった。
その時だった。
「“ハート”なんかねェ?」
場違いなほど軽い声が落ちる。
全員の視線が、その改造AKUMAへ向いた。
ラビが即座に鉄槌を構える。
「近付くな」