第35章 【第三十話】紅い雪の降る海
誤魔化すための笑みもない。
ただ、胸の奥から零れたみたいな、静かな言葉だった。
その瞬間だった。
ぞわり、と肌が粟立つ。
ティファの喉の奥で、ニルヴァーナが警鐘みたいに強く脈打った。
「ラビ――!」
振り返るより早く。
黒い影が、音もなく甲板へ落ちてきた。
異様だった。
人の形を辛うじて保ちながらも、すでに“生き物”の域を逸脱している。
禍々しい黒い装甲。
裂けた口元。
そして、圧倒的な殺気。
「レベル3……!」
次の瞬間。
轟音が走った。
AKUMAの腕が、砲撃のような速度で振り抜かれる。
「っ!!」
ラビが反射的に、ティファの身体を突き飛ばした。
衝撃。
甲板が砕ける。
ティファは床を転がりながら、必死に身を起こした。
「ラビ!」
黒煙の中から、ラビが舌打ちしながら立ち上がる。
「クソッ、無駄なケガした……!」
裂けたはずの傷が、ミランダのタイムレコードによって巻き戻されていく。
ティファは喉元へ手を当てた。
ニルヴァーナが震え、淡い光が指先へ集まりかける。
けれど、AKUMAの方が速かった。
ラビが鉄槌を構える。
「火判!!」
巨大な炎が、レベル3へ叩き込まれた。
轟音。
炎が甲板の上を赤く染める。
けれど。
AKUMAは、微動だにしなかった。
「……は?」
ラビの顔が強張る。
レベル3が、ゆっくりと口元を歪めた。
「題名――タイトル……なぜ、戻る……?」
次の瞬間。
黒い腕が、ラビの喉元へ迫った。