第34章 【第二十九話】白光の行方
まだ眠気の残る瞳で、それでもはっきりと首を横へ振った。
「してないわ」
短い言葉だった。
けれど、それだけで十分だった。
ラビの瞳が、僅かに揺れる。
「……そっか」
その声が、ひどく優しかった。
ティファは小さく息を吐く。
「でも、皆には……」
「分かってる」
ラビは苦笑する。
「ちゃんと戻る。……本当は、もう少しこうしてたいけどな」
そう言って、彼はティファの額へそっと唇を落とした。
触れるだけの、静かな口付け。
「少しでも寝てろ。船に乗ったら、また休めるか分かんねぇから」
「ラビも、少しは休んで」
「努力するさ」
信用ならない返事だった。
ティファが小さく眉を寄せると、ラビはようやく少しだけ笑った。
「大丈夫。夜が明けたら、ちゃんと隣にいる」
その言葉に、胸の奥が柔らかく痛む。
「……ええ」
ティファは小さく頷いた。
ラビはもう一度だけ名残惜しそうに彼女を見つめたあと、静かに布団を抜け出した。
部屋を出る直前、振り返る。
ティファは布団の中から、まだ彼を見ていた。
その視線に、ラビは少し困ったように笑う。
「そんな顔されたら、行けなくなんだろ」
「戻らないと困るのでしょ?」
「困る」
「なら、行って」
「……はいはい」
小さなやり取りのあと、ラビは音を立てないように扉を開けた。
廊下へ出ると、夜明け前の空気がひやりと頬を撫でる。
そして。
「遅い」
廊下の端から、低い声が落ちた。
ラビの肩が、分かりやすく跳ねる。
振り返ると、そこにはブックマンが立っていた。
鋭い目でこちらを見据えている。
「じじい……起きてたん?」
「たわけが。船が出る前に寝坊でもされたら困るわ」
それだけ言うと、ブックマンはそれ以上何も追及しなかった。
けれど、その視線はすべてを見透かしているようだった。
ラビは片手で頭を掻き、視線を逸らす。
「……分かってるさ」