第32章 【第二十八話】赤い紐の先
「……よかった」
本当に、それだけを確かめに来たような声だった。
ティファは椅子から立ち上がる。
長い裾が、床の上を静かに滑った。
ラビの視線が、また僅かに揺れる。
ラビは笑わないまま、確かめるように袖口の赤い紐へ指先で触れた。
「店の中は見えねぇし、声も聞こえねぇ。お前がどうしてんのか分からないまま待つの、思ってたよりきつかった」
ティファは小さく目を伏せた。
「ごめんなさい」
「謝んなよ」
ラビの声が、少し低くなる。
「任務だってのは分かってる。ティファが行くのが一番自然だったことも、アニタに辿り着くにはあれしかなかったことも」
彼は一度、言葉を切った。
「でも、分かるのと、平気でいられんのは別さ」
静かな声だった。
ティファは、袖口の赤い紐へ指を添える。
天青楼へ入った時の、甘い香。
障子越しに滑ってきた視線。
誰が味方で、誰が敵なのかも分からないまま、奥へ進んだ廊下。
本当は、ずっと怖かった。
「……私も」
声が、自然に零れた。
ラビが僅かに目を細める。
「怖かった。扉の向こうへ入った時、一人だと思ったら……思っていたより、ずっと怖かったわ」
「ティファ……」
「でも、これがあったから」
ティファは袖口の赤い紐を、そっと握った。
「ラビが外にいるって分かっていたから、歩けたの。ちゃんと、戻って来られた」
一瞬、室内の空気が止まった。
ラビの喉が、僅かに上下する。
「こっちは、ずっと我慢してたんさ」
一歩、距離が縮まる。
ラビの指先が、ティファの頬へ触れた。