第32章 【第二十八話】赤い紐の先
片手で口元を覆い、僅かに視線を逸らす。
けれど、すぐにまたこちらへ戻ってくる。
逸らしたくても、逸らせないみたいに。
「……あの場で、平気な顔してられた自信ねぇ」
胸が、大きく跳ねる。
「そんなに……変?」
「逆だって」
即答だった。
ラビは一歩、こちらへ近付く。
その目はまだ、信じられないものを見るみたいにティファへ向けられていた。
「……見惚れた」
低い声だった。
冗談でも、からかいでもない。
本当に、目の前のティファへ圧倒されてしまったような声。
ティファは急に居心地が悪くなり、外套へ手を伸ばしかけた。
「だったら、もう着替えるわ――」
「待てって」
ラビの声が、思ったより強く落ちた。
指先が止まる。
彼はすぐに、少し困ったように目を伏せた。
「……悪ぃ。変な意味じゃなくて」
そこで一度、言葉が途切れる。
沈黙の中で、灯籠の明かりだけが揺れていた。
ラビは小さく息を吐き、諦めたように笑う。
「……変な意味が、ないとは言い切れねぇけどさ」
頬が、一気に熱くなった。
「ラビ……」
彼は低く息を吐く。
「無事に戻ってきただけで十分だって、そう思ってたのに」
一歩。
また一歩。
距離が縮まる。
「……そんな姿で目の前にいられたら、お前が欲しくなんだろ」
胸の奥が、苦しいほど熱くなった。
ティファは視線を逸らし、袖口へ触れる。
そこには、潜入前にラビが結んでくれた赤い紐が、まだ残っていた。
その紐へ目を向けた瞬間、ラビの表情から僅かな熱が引く。
代わりに、深い安堵が浮かんだ。
「……使わずに済んだんだな」
「ええ」