第32章 【第二十八話】赤い紐の先
その時、控えめに扉が叩かれた。
誰なのか、聞く前から分かった。
「……ラビ?」
「入っていい?」
扉越しの声は、いつもより少し低かった。
ティファは鏡の中の自分を一度だけ見る。
この姿のまま、彼に会う。
それだけで、胸の奥が妙に落ち着かなくなった。
「……ええ」
扉が開く。
ラビは室内へ入ると、後ろ手に静かに扉を閉めた。
「ティファの顔、ちゃんと見ねぇと落ち着かなくてさ――」
そこで、声が止まった。
ティファは鏡越しにラビを見る。
彼は扉の前で、ぴたりと動きを止めていた。
いつものように、何か軽口を言うのだと思った。
けれど、ラビは何も言わなかった。
片方だけ覗く翠の瞳が、外套を脱いだティファの姿へ釘付けになっている。
露わになった肩。
黒紫の衣へ流れる銀の刺繍。
腰元を飾る複雑な帯紐。
そして、解けかけた銀髪。
その視線が一度だけ、ゆっくりとティファを辿った。
けれど途中で、苦しそうに止まる。
まるで、これ以上見てはいけないものを見てしまったみたいに。
「……ラビ?」
呼ぶと、彼はようやく息を吐いた。
「……それ」
掠れた声が落ちる。
「外套の下、そんなだったん?」
ティファは思わず、自分の衣装へ視線を落とした。
「ええ。天青楼で着せられたの。外へ出る時は目立たないように隠していたから……」
「……そりゃ、見えてたら」
ラビはそこで言葉を切った。