第32章 【第二十八話】赤い紐の先
裏口を出た瞬間、冷たい夜風が頬へ触れた。
水路へ落ちる灯籠の光が、濡れた石畳の上で揺れている。
深い外套の内側へ衣装を隠したまま外へ出たティファの視界へ、影の中から一人の姿が駆け寄ってきた。
「ティファ」
ラビだった。
普段なら、こちらへ来る前に軽口の一つでも挟むはずなのに、今はそんな余裕もないらしい。
翠の瞳が、ティファの顔を確かめる。
次に、腕や首元、衣の乱れへ素早く視線を走らせた。
「……無事か」
「ええ。アニタさんに会えたわ。何もされていない」
「……そっか」
短い返事。
けれど、彼の肩から、目に見えて力が抜けていく。
少し離れた場所には、アレンとリナリー、クロウリー、ブックマンの姿もあった。
「ティファ!」
リナリーが駆け寄ってくる。
ティファは小さく笑って頷いた。
「大丈夫よ。アニタさんに会えたわ」
アレンも、こちらへ数歩近付いた。
その視線がティファの姿を確認し、やがて静かに息を吐く。
「……本当に、無事でよかった」
「心配掛けたわね」
アレンは、僅かに困ったように笑った。
「戻ってきてくれたなら、それで十分です」
静かな声だった。
ティファは小さく頷き、全員へ向き直る。
「師匠は八日前に、ここから江戸へ向かったそうよ」
「江戸へ……」
アレンの表情が引き締まる。
「師匠は生きているんですね」
ティファは、すぐには答えられなかった。
アレンがその沈黙に気づく。
ラビの目も僅かに細くなった。