第32章 【第二十八話】赤い紐の先
アニタはそんなティファを見て、煙管を灰皿へ置く。
「聞きたいことがあるのでしょう」
ティファは息を整えた。
「師匠は、ここへ来たのですか」
「来たわ。十日ほど前に」
アニタの声音から、笑みが消える。
「そして、八日前に江戸へ向かった」
「江戸……」
「向こうで何かが起きる、と言っていたわ。詳しいことは何も話さなかった。いつものように、こちらが問い詰める前に勝手に決めて、勝手に出て行った」
呆れたような口調だった。
けれど、煙管へ添えられた指が、僅かに強張っているのが見えた。
「……追われていたのですか」
ティファが問うと、アニタは少しだけ目を伏せた。
「えぇ」
短い肯定だった。
アニタは、数秒黙ったあと、小さく息を吐く。
それから、声を落とす。
「ここを出る前、クロス様は港の周辺を何度も確認していたわ。普段なら、どれだけ厄介な相手がいても笑って撃ち飛ばす人なのに……あの時だけは、妙に急いでいた」
胸騒ぎが、現実の重さを伴って沈んでいく。
「敵が、師匠を追っている……」
「恐らくね。そして今は、この店も見られている」
アニタは障子の向こうへ、一度だけ視線を向けた。
「私がクロス様の協力者だと知られれば、船も、人も、彼へ繋がる道も潰される。だから、貴女達と正面から会うわけにはいかなかった」
「……ご迷惑を掛けて、申し訳ありません」
「貴女が謝ることではないわ」
アニタは静かに首を振る。
「私は、自分であの人に手を貸しているの」
その声は穏やかだった。
けれど、そこへ込められたものは、簡単に触れてよい感情ではない気がした。
ティファは少しだけ目を伏せる。