第32章 【第二十八話】赤い紐の先
「座敷では、求められても酒へ口を付けないこと。誰かに呼ばれても、私以外には付いて行かないこと。歌い終えたら、必ず私の合図を待ってください」
「……はい」
「クロス様の名も、教団の名も、アニタ様の前へ出るまでは口にしないこと」
ティファは鏡の前へ座り、髪へ残された黒檀の簪へそっと触れた。
「アニタさんは、本当に師匠の居場所を知っているのですか」
マホジャは、鏡越しにティファを見た。
しばらく答えず、やがて静かに口を開く。
「少なくとも、クロス様が最後に何を警戒し、どちらへ向かったのかを知っているのは、アニタ様だけです」
息が詰まった。
あの師匠が、何かを警戒しながら去った。
「支度を始めます」
マホジャは、それ以上語らなかった。
「座敷の客は、珍しい歌い手が現れると聞いて、既に待っています」
表の方から、男達の笑い声が大きく響く。
ティファは静かに息を吸い、鏡の中の自分を見つめた。
師匠へ辿り着くために。
アニタという人へ会うために。
ティファは、マホジャが差し出した衣装へ手を伸ばした。