第32章 【第二十八話】赤い紐の先
背後で、扉が静かに閉じられる。
外の湿った夜気が途切れ、代わりに甘い香が肌へ纏わり付いた。
磨かれた木の床。
灯籠に照らされた朱色の柱。
奥へ幾重にも続く、細い廊下。
表の座敷からは、男達の笑い声と女達の柔らかな声が絶え間なく流れてくる。
マホジャは足音を立てずに歩き出した。
ティファはその背を追う。
いくつかの座敷の前を通り過ぎるたび、障子の向こうから気配が流れてきた。
酒に酔った笑い声。
品定めするような視線。
扇子の隙間から覗く女達の目。
まだ外套を纏っているだけなのに、身体の輪郭を測られているような感覚に、背筋が僅かに強張る。
けれど、顔は伏せなかった。
ここで怯えれば、かえって目立つ。
客間の並ぶ廊下を抜け、人の気配が薄い奥廊下へ入ったところで、マホジャはようやく足を止めた。
「私はマホジャ。アニタ様のお側におります」
低い声だった。
ティファは小さく頭を下げる。
「ティファです。クロス・マリアン元帥の弟子です」
「銀髪の娘が訪ねてくるかもしれない、とだけ聞いていました」
「饅頭屋の店主さんから?」
「それ以上は、まだお話し出来ません」
淡々と遮られる。
拒絶というより、ここで口にすることすら警戒しているようだった。