第31章 【第二十七話】黒檀の簪
「師匠の弟子である私なら、アニタさんに会えたあとも話を繋げやすい。それに……歌なら、少しは披露できる」
アレンが顔を上げる。
「ティファ、歌い手として入るつもりですか」
「ええ。異国の歌を聞かせたいと言えば、奥へ呼ばれる口実になるかもしれない」
店主は少し驚いたようにティファを見たあと、ゆっくり頷いた。
「なるほど。異国の歌い手か。それなら、ただの使いよりは目に留まる可能性がある」
そして、声を低くする。
「ただし、裏口へ行くのは女一人だ。男が付き添えば、そこで話は終わりになる。見張っている連中に気取られれば、アニタ様だけじゃない。店の女達まで危険に晒される」
クロウリーが不安そうに眉を下げた。
「では……ティファ殿を一人で行かせるしかないのであるか」
「理屈は分かるさ」
ラビは笑わなかった。
「……中で何が起きても、すぐ手ぇ出せねぇ場所に、お前一人で入れろって?」
その声に、ティファの胸の奥が僅かに痛む。
止めたいのだろう。
けれど、ただ感情だけで反対することも出来ずにいる。
「……ごめん。でも、行かせて」
ティファは、黒檀の簪へ視線を戻した。
「一人で入らなければ、アニタさんには会えないの」
ラビの翠の瞳が、痛いほど真っ直ぐティファを捉えた。
何かを言い返しかけて、けれど彼は唇を閉じる。
握り締められた指先だけが、僅かに白くなっていた。
「……僕も、賛成は出来ません」
静かな声が落ちる。
アレンだった。
「ですが、ティファが行くのが一番自然だというのも分かります。クロス師匠の弟子で、歌い手として通れるなら、アニタさんに接触できる可能性が一番高い」
伏せられていた瞳が、ゆっくりティファへ向けられる。
「だからこそ……情報より、自分の安全を優先してください。危険だと思ったら、何も聞き出せていなくても戻ってきてください」
言葉は、それだけだった。
以前のような熱を押し付けるものではなく、ただティファの無事を願う声。
それが、静かに胸へ残る。
「……ありがとう、アレン」
ティファが答えると、アレンは僅かに微笑み、すぐに視線を落とした。