第31章 【第二十七話】黒檀の簪
「ああ。酒を飲むでも、女を呼ぶでもない。店に入るわけでもない。ただ、通りの端や向かいの茶店に居座って、出入りする人間の顔ばかり見ている」
「監視されているの?」
ティファが問うと、店主は苦い顔で息を吐いた。
「そう見える。相手が何者かまでは知らない。けど、アニタ様が赤い髪の異国人と関わっていたことを探っている連中がいるのは確かだ」
店主はそこで一度言葉を切り、さらに声を落とした。
「あの方は客も女達も大勢抱えている。下手に教団の人間がまとまって正面から訪ねれば、関係を認めるようなものだ」
アレンの表情が硬くなる。
「では……普通には会えないんですか」
「普通に会おうとすればな」
店主は、台の下へ隠していた小さな包みを、卓の上へ滑らせた。
包みを開く。
中に入っていたのは、黒檀の簪だった。先端に、小さな青い玉が一粒だけ嵌め込まれている。
「天青楼へ裏から入るための合図だ」
店主は言った。
「昔、アニタ様に世話になった縁でね。こういう時の通し方くらいは知っている」
「今夜は客が多い。芸を見せる女や楽師、使いの者も何人も出入りする。裏口の番人にこの簪を見せれば、少なくとも追い返されはしないはずだ」
「でも、中に入れたとしても、アニタさんに会えるとは限らないわ」
リナリーが静かに言った。
店主は頷いた。
「そこから先は、あんたら次第だ。奥へ呼ばれるだけの理由がなければ、女主人には近付けない」
沈黙が落ちた。
その時、ティファは卓上の簪を見つめながら、静かに口を開いた。
「……私が行くわ」
ラビの気配が、すっと硬くなる。
「ティファ」