第31章 【第二十七話】黒檀の簪
「見たんですか?」
「いや、俺が直接見たわけじゃない」
アレンの表情が、あからさまに落ち込む。
けれど、店主はすぐに続けた。
「ただ、その特徴に合う男なら、最近ちょっとした噂になってるよ」
「噂?」
「この先に、大きな妓楼があるんだ。天青楼っていう、町じゃ一番派手な店だよ。そこの女主人に、つい最近、随分と親しい異国の男が出来たらしくてね」
一瞬、全員が黙った。
「……妓楼の、女主人?」
アレンの声が、ひどく嫌そうに響く。
「ああ。アニタ様っていう、美しい女主人でね。気位も高くて、並の男には見向きもしないと言われていたんだが……その男だけは、奥へ通していたらしい」
「……その男、どんな奴さ?」
ラビの口元が、僅かに引き攣る。
店主は何も知らずに楽しそうに笑った。
「赤い髪の外国人で、背が高く、目付きが悪い。仮面で顔を半分覆っていたそうだ」
沈黙。
アレンの肩が、がくりと落ちた。
「……師匠だ」
あまりにも確信のこもった声だった。
ティファも、思わず額へ手を当てる。
「師匠ね……」
「元帥を護衛するために命懸けで追ってんのに、辿り着いた情報が妓楼の女主人と親しい男って……」
ラビが、呆れたように天を仰ぐ。
「クロス元帥、さすがに自由過ぎねぇ?」
「師匠は昔からそうなんです!」
アレンが怒り混じりに声を上げる。
「こっちがどれだけ心配して探していると思ってるんですか! 今度こそ見つけたら、絶対に逃がしません!」
その怒りの中には、僅かに安堵も混じっていた。
もし本当にそのアニタという女性の傍にいたのなら、クロスは少なくともこの町までは辿り着いていたことになる。
胸の奥へ沈んでいた冷たいものが、僅かにほどけた。