第31章 【第二十七話】黒檀の簪
やがて馬車は街道の途中で止まり、一行は渡し場から小舟へ乗り換えることになった。
雨は、細く降り始めていた。
小舟の屋根を叩く雨音が、川面へ細かな波紋を広げていく。
竹林に囲まれた水路は薄暗く、湿った空気には土と草の匂いが混じっていた。
ティムキャンピーは船の上を落ち着きなく飛び回り、時折、アレンの前で小さく旋回しては、進むべき方角を示していた。
その時だった。
アレンが、不意に顔を上げた。
「……今、視線を感じた気がしたんです」
その言葉に、船上の空気が少しだけ張り詰める。
ラビが雨除けの布の下から顔を出し、竹林の方へ視線を向けた。
ティファも息を潜める。
雨音。
水の流れる音。
船を漕ぐ櫂の音。
そのどれとも違う微かな気配が、竹の奥に潜んでいるように感じた。
けれどアレンが、少し真剣な顔のまま呟く。
「……パンダでしょうか」
一瞬、船の上に妙な沈黙が落ちた。
リナリーが小さく瞬きをする。
「アレンくん、中国だからって、何処にでもパンダがいるわけじゃないわ」
ラビが堪え切れず、肩を震わせる。
「ははっ、アレンらしい発想さ」
アレンは少しだけ気まずそうに眉を下げた。
「だって、竹林ですし……」
そのやり取りに、張り詰めていた空気がほんの少しだけ緩んだ。
けれど、その小さな和らぎも長くは続かなかった。