第30章 【第二十六話】灯籠の湖
「……知っているのね」
声が掠れる。
「ティファ」
ラビが、低く名を呼んだ。
けれど、私はブックマンから目を逸らせなかった。
「教えて」
ブックマンは、しばらく沈黙したままだった。
やがて、杖を握る指へ僅かに力を込める。
「……今は、クロスを追うことが先だ」
「でも……」
「その男がクロスの薬莢を持っていた以上、元帥の身に何か起きている可能性がある」
低い声。
「そして、ヴェインがティムの反応を乱す何かに関わっておるのなら、ここで立ち止まることは奴の望む通りにもなりかねん」
正しい。
分かっている。
師匠の行方が分からない以上、今は追うべきだ。
けれど。
初めて会った男が、母を知っていると言った。
自分と同じ一族だと名乗った。
二度も、自分の歌を試すために人の命を弄んだかもしれない。
それなのに、目の前の老人は、私の知らない何かへ沈黙を向けている。
「……私は、何も知らないのに」
思わず、声が零れた。
湖の上を、無数の灯籠が流れていく。
母の名を記した少女の灯籠も、他の光に混じり、ゆっくりと沈んだ鳥居の向こうへ遠ざかっていった。
「……ティファ」
すぐ近くで、ラビの声がした。
次の瞬間。
包まれるように、左手へ温かな感触が触れた。
ラビの手だった。
強く握り込むわけではない。
無理に顔を上げさせるわけでもない。
ただ、ここにいると伝えるみたいに、指先が静かに私の手へ重なる。
「そいつの言葉、全部まともに受け取んな」
低い声だった。