第30章 【第二十六話】灯籠の湖
私は少しだけ息を呑む。
「……大丈夫。怪我はないわ」
「本当に?」
「ええ」
アレンは、それでもすぐには安心しなかった。
私の顔色を確かめるように見つめ、ようやく僅かに息を吐く。
その間に、リナリーは泣き疲れて舟底へ座り込んでいる少女へ気付き、すぐに表情を変えた。
「この子は……?」
「お母さんの魂を……送ったの」
私の声は、自分のものではないように遠く感じた。
リナリーはそれ以上問い返さず、舟が近付くとすぐに少女の傍へ移った。
そっと肩を抱くと、少女は力が抜けたように、その胸へ顔を埋める。
「よく、頑張ったわね……」
リナリーの優しい声へ、少女の嗚咽がまた小さく漏れた。
アレンは、私の無事を確かめたあとで初めて、霧の向こうの鳥居へ鋭い視線を向けた。
「他に誰かいたんですか」
ラビは答えず、掌の上の薬莢をアレンへ差し出した。
「……これ、見覚えあるか」
アレンが受け取り、表面へ刻まれた細かな傷を見た瞬間、その顔色が変わる。
「……師匠の銃弾です」
「さっきまで、鳥居の上にいた男が持ってた。クロス元帥に会ったって言ってたさ」
「男……?」
アレンの指が、薬莢を強く握り締める。
「その人は、どこへ行ったんですか」
「消えた。霧に紛れてな」
ラビの声が、低くなる。
「名前は、ヴェイン」
その名が口にされた瞬間。
ブックマンの指が、僅かに止まった。
ほんの一瞬の変化だった。
けれど、私は見逃さなかった。
「……ブックマン?」
老人は、すぐには答えない。