第30章 【第二十六話】灯籠の湖
「その時まで、君が“君”のままでいられるといいね」
白い霧が、鳥居を完全に覆った。
灯籠の火が大きく揺らぎ、視界が一瞬、白く塞がれる。
そして霧が薄れた時。
鳥居の上には、もう誰もいなかった。
残されているのは、沈みかけた社と、音もなく流れ続ける灯籠。
それから、ラビの掌にある一発の薬莢だけだった。
「……ティファ」
ラビが呼ぶ。
けれど、私はすぐには答えられなかった。
母を知る男。
自分と同じ一族を名乗った男。
二度の異常の向こう側から、私を見ていた男。
そして、師匠と接触したらしい男。
何ひとつ、分からない。
けれど、喉元に宿る白銀の余韻だけが、先ほどまでとは違うものに思えた。
私の歌は、本当にただ魂を救うためのものなのか。
母は、何を知っていたのか。
なぜ、何も私へ話さなかったのか。
胸の奥で、答えのない問いだけが膨らんでいく。
その時、遠くの霧の向こうから、水を切る音が聞こえた。
「ティファ! ラビ!」
アレンの声だった。
一艘の舟が、こちらへ近付いてくる。
先頭には身を乗り出したアレン。
その後ろには、リナリーとクロウリー、そしてブックマンの姿が見えた。
湖上へ広がった白銀の光を見て、急いでこちらへ向かったのだろう。
舟が寄り切るより早く、アレンがこちらへ声を張る。
「ティファ! 怪我はありませんか!」
切迫した声だった。
問い掛けは、何が起きたのかより先に、私の無事を確かめるものだった。