第30章 【第二十六話】灯籠の湖
「……」
「そして、その歌が何を導き、歌う者に何を残すのかを知っていた」
喉元へ添えた指へ、無意識に力が入る。
「どういう意味……?」
「今の君には、まだ分からない」
男の声は、静かなままだった。
「ただ一つだけ言える」
白い髪が、夜風に揺れる。
「魂を送る歌は、いつか歌う者自身も削る」
喉の奥で、ニルヴァーナが不安定に揺れた。
「……母は、私に何を隠していたの?」
問い掛ける。
けれど、男は答えなかった。
ただ、夜の湖を渡る風に白い髪を揺らし、穏やかにこちらを見つめている。
その微笑みが、どうしようもなく不気味だった。
「あなたは……何者なの」
震えそうになる声を抑え、問い掛ける。
男は流れる灯籠へ目を伏せたあと、静かに口を開いた。
「ヴェイン」
夜風が、白い髪を揺らす。
「君と同じ、セトラの血を残す者だよ」
呼吸が止まった。
「……セトラ……?」
自分以外には、もう誰もいない。
母を失ったあの日から、そう信じて生きてきた。
喉へ宿る力も。
血に刻まれた役目も。
誰にも分けられないまま、一人で抱えていくのだと思っていた。
それなのに、目の前の男は当然のように同じ一族の名を口にした。
「……嘘」
零れた声は、小さかった。
ヴェインは否定しなかった。
ただ、白銀の余韻が消えかけた湖面へ静かに目を落とす。
「優しい歌だった」
私の指先が、僅かに強張る。
「君が本当に、あの人の娘なのだと分かったよ」
母と同じ歌。
母を知る男。
自分と同じ、セトラを名乗る存在。
何を信じればいいのか分からない。
喉の奥で、ニルヴァーナが不安定に揺れていた。