第30章 【第二十六話】灯籠の湖
「質問に答えろよ」
ラビの声が、さらに低くなる。
「ティファに何をするつもりだ」
男は、僅かに目を細めた。
「今夜、彼女を連れて行くつもりはないよ」
「……何?」
「まだ、その時ではないから」
その言葉に、呼吸が止まる。
ラビの背中が、僅かに強張った。
「テメェ……」
「それより」
男は、再び私へ視線を戻した。
ラビの背が間にあるはずなのに、その瞳だけが真っ直ぐ喉元へ届く。
「歌う前に、そこへ触れる癖まで同じだ」
私の指先が、喉元で止まる。
「……同じ?」
「君の母親と」
周囲の音が、一瞬にして遠のいた。
灯籠の炎が揺れる音も。
少女の嗚咽も。
舟を擦る水音も。
母。
その言葉だけで、胸の奥に封じ込めていた記憶が、無遠慮に引きずり出される。
「母を……知っているの?」
気付けば、声が零れていた。
「知っているよ」
男は、あまりにも簡単に答えた。
「君が生まれるより、ずっと前から」
一歩、足が動きかける。
その瞬間。
ラビの腕が、私の前へ伸びた。
「ティファ、行くな」
いつもの軽い語尾ではない。
振り返ることもなく、彼は鳥居の上の男を鋭く睨んでいる。
「そいつが本当のこと言ってる保証なんか、どこにもねぇ」
「……でも、母のことを」
「だからこそさ」
ラビの声が、苦く掠れる。
「お前が一番、黙って聞けねぇことを選んで言ってる」
胸が詰まる。
分かっている。
それでも、聞かずにはいられなかった。
男は、ラビの言葉を遮ることなく、静かに続ける。
「君の母親も、魂を送る歌を持っていた」