第30章 【第二十六話】灯籠の湖
半ば水へ沈んだ鳥居が、淡く照らし出される。
湖底の石段も、崩れた灯籠も、沈んだ村の屋根も、その全てが母親の旅立ちを見送るように、静かな光へ包まれていく。
母親の魂が、ゆっくりと少女の前へ近付いた。
少女は両手で口元を押さえながら、泣き濡れた顔を上げる。
母親は声を発しなかった。
ただ、微笑んだ。
そして、少女の頬へ触れるように、そっと手を伸ばす。
その指先が重なった瞬間、少女の髪が、風もないのに柔らかく揺れた。
「……お母さん……」
少女は、泣きながら懸命に笑おうとした。
「ありがとう……」
母親の表情が、穏やかに綻ぶ。
やがて、その姿は白い光の粒へほどけていった。
少女の灯籠の上へ、一筋の光が舞い落ちる。
まるで最後まで、娘の傍へ寄り添うように。
母親の魂は、無数の灯籠に見送られながら、静かに夜空へ昇っていった。
やがて、歌が終わる。
湖へ、静寂が戻った。
少女はその場で崩れ落ち、声を押し殺すことも出来ずに泣き始めた。
私は何も言わず、その小さな身体を抱き締める。
母親を返してあげられたわけではない。
少女の寂しさを消してあげられたわけでもない。
ただ、迷わずに別れられるよう、手を添えただけ。
その事実が、胸の奥へ静かに残った。