第30章 【第二十六話】灯籠の湖
「お母さん……!」
少女が身を乗り出す。
舟が大きく揺れ、同乗していた女性が慌てて少女の腕を掴んだ。
「駄目よ、危ない!」
「離して! お母さんがいるの! あそこに、お母さんが……!」
少女は必死に手を伸ばした。
鳥居の奥で、母親の魂もまた、娘へ近付こうとするように光を揺らす。
けれど、戻ることは出来ない。
昇ることも出来ない。
ただ、娘の声に引き留められるように、湖の上で苦しげに揺れている。
「舟を寄せて!」
私は立ち上がっていた。
船頭が戸惑う。
「しかし、あの辺りは――」
「お願い!」
次の瞬間、ラビが船縁へ片足を掛ける。
「じいさん、頼む。舟はオレが支えるさ」
船頭は僅かに目を見開いたが、すぐに櫂を大きく切った。
舟が向きを変える。
揺れる灯籠の間を縫い、少女の乗る舟へ近付いていく。
舟同士が触れ合う直前、ラビが先に足を移し、揺れる船縁を片手で押さえた。
「ティファ、来い」
差し出された手へ、私は迷わず手を重ねた。
ラビの支えを借りて舟を移り、少女の傍へ膝をつく。
「お母さん!」
少女は、私の存在にも気付かないように叫び続けていた。
「帰ってきて! お願い……私、ひとりになっちゃう……!」
母親の魂が、一際強く揺らぐ。
その光の苦しさが、喉へ絡み付くようだった。
私は、そっと少女の肩へ手を置く。
「……お母さんは、ここにいる」
少女が振り向いた。
涙で濡れた瞳に、一瞬だけ希望が灯る。
「じゃあ……帰ってきてくれるの……?」
言葉を失いそうになった。
少女が望んでいる答えは分かっている。
けれど、それを与えることは出来ない。