第30章 【第二十六話】灯籠の湖
夜の湖へ、幾つもの小舟が滑り出していく。
船縁に置かれた灯籠の炎が、水面へ長い影を落としていた。
橙色の灯りが波に揺れながら、ひとつずつ沖へ流されていく。
私とラビが乗った舟は、町人達の船列から少し外れ、沈んだ社に近い水路を進んでいた。
少女は、母親の姉だという女性と共に、少し後方の舟へ乗っている。
櫂を握る老船頭が、低い声で告げた。
「鳥居の近くまでは寄せるが、それ以上は行けんよ。水の下に、昔の石段や塀が残っとる。舟底を裂かれたら、助からん」
「十分さ。ありがとう」
ラビが応える。
その手には、既に鉄槌が握られていた。
敵の姿はまだない。
それでも、霧の濃くなる湖上で油断する気はないのだろう。
私は舟の前方に座り、鳥居の向こうを見つめていた。
町から離れるほど、水面は静かになっていく。
岸から届いていた人々の声も、今はもうほとんど聞こえない。
残るのは、櫂が水を掻く音と、灯籠の中で小さく爆ぜる炎の音だけだった。
やがて霧の中から、沈んだ鳥居が大きく姿を現した。
朱色はとうに褪せ、黒ずんだ木肌が露わになっている。
水面より下には、石造りの参道が見えた。
横倒しになった灯籠。
崩れた塀。
屋根だけを残して沈んだ家々。
流れていく灯籠の火がその上を通る度、湖底の旧い村は、一瞬だけ呼吸を取り戻したように浮かび上がる。
美しい。
けれど、どうしようもなく寂しい。