第30章 【第二十六話】灯籠の湖
「年に一度、亡くなった者の名を書いた灯籠を湖へ流す。灯りは沈んだ社の前を通って、湖の奥へ流れていく」
老婆の声は、夕暮れの水辺へ溶けるように穏やかだった。
「死者が、迷わず向こうへ渡れるようにとな」
その言葉に、喉元が微かに震えた。
死者を、迷わず送る。
自分の歌と、あまりにも近い。
「灯籠を運ぶ舟なら、社の近くまで行く。渡りたいなら、船頭に話してみるといい」
「礼を言う」
ブックマンが軽く頭を下げた。
アレンは、すぐに湖岸へ向かおうとした。
けれど、ブックマンの低い声がそれを止める。
「待て、アレン。元帥が泊まった宿と、舟を持ち出した場所も調べる必要がある。手掛かりもなしに霧の湖へ飛び込めば、こちらまで足を取られるぞ」
「でも、師匠が向こうにいるかもしれないんです」
「だからこそだ。焦って見落とせば、追うべき道まで失う」
アレンは唇を引き結んだ。
納得したというより、焦りを押し込めるように拳を下ろす。
その時だった。
再び、歌が聞こえた。
今度は先ほどよりもはっきりと。
夕闇の中で霞む、沈んだ鳥居の向こうから。
旋律と呼ぶにはあまりにも儚い。
けれど確かに、誰かの想いが水面へ引っ掛かるような、細い響きだった。
気付けば、私は一歩、湖の方へ足を進めていた。
「……ティファ?」
ラビの声が、すぐ後ろから落ちる。
「聞こえるの」
私は鳥居から目を逸らせないまま答えた。
「湖の方から……歌が」
ブックマンの目が、さらに鋭くなる。
「歌、だと?」
「本当に微かだけど、あの社の方から聞こえる。『ニルヴァーナ』も、反応してる」
「ティファ、待ってください」
アレンが、思わず一歩前へ出た。
「そこに何があるか分からない。歌が聞こえるからって、近付くのは危険です」
その瞳には、仲間を案じる真剣さがあった。