第30章 【第二十六話】灯籠の湖
老婆は束ねた花を籠へ収めながら、湖の方角を振り返る。
「あの男なら来たよ。宿で酒を飲んだあと、湖の向こうにある古い社について聞き回っとった」
「古い社……?」
私は、老婆の視線を追った。
広い湖の向こう。
夕霧の中に、半ば水へ沈んだ朱色の鳥居が見える。
その奥には、屋根の一部だけを覗かせた古びた社の影があった。
さらに目を凝らせば、水の下には石段や塀、崩れた家屋の屋根らしき輪郭まで沈んでいる。
「昔、この辺りには村があったのさ」
老婆が言った。
「大水で沈んでしまってね。社も、家も、道も、みんな湖の底じゃ」
「その人は、その社へ向かったんですか?」
アレンの声へ、焦りが滲んだ。
「ああ。止めたんじゃがな。今の時期は霧が深い。水の下には昔の石垣や塀が残っとる。慣れん者が夜に舟を出せば、戻れんこともある」
老婆は、静かに首を横へ振る。
「それでも、あの男は一人で舟を持ち出して行ったよ。それきり、姿を見とらん」
胸が、重く沈んだ。
やはり師匠は、湖の向こうへ渡っている。
しかも、ただの気まぐれではなく、何かを追って。
「ティム」
アレンが肩の上のゴーレムへ声を掛ける。
ティムは一度、沈んだ鳥居へ向かって飛び立った。
けれど、水面へ差し掛かったところで激しく羽を羽ばたかせ、また戻ってくる。
「やっぱり、あの辺りで反応が乱れてる……」
アレンの表情が強張った。
ブックマンの目が、鋭く細められる。
「クロス元帥が向かった先で、何かが起きておるのは間違いなさそうじゃの」
「今夜、あの社へ渡る舟は出るか」
ブックマンが老婆へ尋ねる。
老婆は、一行の脇を通り過ぎていく町人達へ目を向けた。
「今夜なら出るよ。灯籠流しじゃからな」
「灯籠流し?」