第30章 【第二十六話】灯籠の湖
町へ辿り着いた頃には、空は薄紫色に暮れかけていた。
馬車を降りた私は、目の前に広がる光景に思わず足を止める。
湖へ続く細い道。
その両脇に並ぶ家々の軒先には、白い紙灯籠がいくつも吊るされていた。
町人達は皆、小さな灯籠を胸へ抱え、静かに湖岸へ向かって歩いている。
灯籠の紙面には、黒い墨で誰かの名が記されていた。
父。
母。
夫。
娘。
祭りのようでいて、賑やかな音はひとつもない。
聞こえるのは、砂利を踏む足音と、風に揺れる紙灯籠の乾いた音だけだった。
「……随分、静かな町だな」
ラビが周囲を見回しながら呟く。
「お祭り……では、なさそうね」
リナリーも、声を落とした。
アレンの肩の上では、ティムが相変わらず落ち着かない様子で湖の方角を見ている。
時折、飛び立ちかけては、何かに阻まれるように羽を畳んでいた。
その時、道端で白い花を束ねていた老婆が、私達を見上げた。
「旅の方かね」
ブックマンが一歩進み出る。
「少し尋ねたい。この町へ数日前、赤い髪の異国人が来なかったか」
老婆は少し考えるように目を細め、やがて「ああ」と頷いた。
「あの、仮面で半分顔を覆ってた男かい。随分と目付きの悪い」
「……師匠ですね」
アレンが、力の抜けた声で呟く。
「否定出来ないのが嫌ね……」
私が小さく零すと、アレンが疲れたように頷いた。