第30章 【第二十六話】灯籠の湖
その時、鍛錬場の外から騒がしい声が聞こえた。
「だから、朝から腑抜けた顔を晒すでないと言っとろうが!」
「まだ言ってんの!? じじい、しつこ過ぎんだろ!」
聞き間違えるはずがない。
馬鹿ウサギと、ブックマンだ。
そして。
「ラビ、声が大きいわ。朝なのよ」
その間へ混じった、柔らかな声。
神田は眉間へ皺を寄せ、六幻を鞘へ収めた。
会いたいわけではない。
避ける理由もない。
ただ食堂へ向かうなら、このまま出るだけだ。
そう言い聞かせるように、鍛錬場の扉を押し開けた。
「あ……」
回廊にいたティファが足を止める。
長い銀髪を片側へ流し、黒いワンピースの上へ薄い外套を羽織っていた。
その隣には、頭を押さえたラビ。
少し後ろには、呆れた顔のブックマンが立っている。
「神田。もう鍛錬していたの?」
「見りゃ分かんだろ」
ぶっきらぼうに返す。
ティファは気にした様子もなく、小さく笑った。
「私達、今から食堂へ行くところなの。神田も一緒に行かない?」
あまりにも自然な誘いだった。
ラビの眉が、ほんの少しだけ動く。
神田はすぐに答えなかった。
ティファは変わらない。
自分の過去を見ても。
馬鹿ウサギを選んでいても。
こうして当たり前みたいに、こちらへ手を伸ばす。
その無防備さが腹立たしい。
けれど、拒みたいとはもう思えなかった。
「……行く」
低く返す。
ティファが僅かに目を丸くし、すぐ柔らかく微笑んだ。
「ええ」
その顔に、神田は小さく舌打ちした。