第28章 【幕間】神田/月影の楽園 後編
ラシード任務から数日後。
教団本部は、いつも通り騒がしかった。
科学班の実験音。
廊下を走るジョニーの声。
遠くから聞こえるリーバー班長の怒鳴り声。
あの地下水路での出来事が、まるで遠い夢だったみたいに、日常は何事もなかったように続いている。
私は任務報告書を提出し終え、長い廊下を歩いていた。
その時。
向こう側から、見慣れた黒い団服が歩いて来る。
長い黒髪。
鋭い目付き。
神田だった。
あれ以来、まともに顔を合わせるのは初めてだった。
私は小さく足を止める。
神田もこちらへ気付いたらしい。
その視線が、一瞬だけ私を捉える。
そのまま何も言わず通り過ぎるのだと思った。
けれど、肩が並ぶ直前。
神田の足が止まった。
「……おい」
低い声。
私は振り返る。
「何?」
神田は数秒黙った。
何かを言い掛けて、やめたようにも見えた。
やがて、不機嫌そうな顔のまま口を開く。
「……体調は」
「え?」
「精神干渉、受けただろ」
ぶっきらぼうな声。
けれど、その視線は真っ直ぐ私を見ていた。
私は少しだけ目を丸くしたあと、小さく微笑む。
「もう平気よ。医療班にも診てもらったけれど、異常はないって」
「……そうか」
短い返事。
それだけなのに、神田の肩から僅かに力が抜けた気がした。
「神田の腕は?」
「とっくに塞がってる」
「やっぱり」
思わず笑うと、神田が眉を寄せる。
「……何だ」
「いいえ。安心しただけ」
神田は返事をしなかった。
けれど、以前ならそこで舌打ちして立ち去っていたかもしれない。
今は、何故かその場に立ったままだった。
数秒の沈黙。
やがて、神田が視線を逸らす。
「……飯、まだなら来い」
「え?」
思わず聞き返す。
神田は露骨に面倒そうな顔をした。
「二度も言わせんな」
「神田が、私を誘ってるの?」
「嫌なら来るな」
すぐに歩き出そうとする背中へ、私は慌てて声を掛けた。
「行くわ」
神田の足が、ほんの少しだけ止まる。
けれど振り返りはしなかった。
「……なら、さっさと来い」
私は小さく笑い、その背中を追った。