第28章 【幕間】神田/月影の楽園 後編
夜明け前の停車駅を発った汽車は、乾いた砂漠を横切るように走っていた。
規則的な振動と、車輪が線路を叩く音だけが、静かな車内へ響いている。
窓の外には赤茶けた地平線が広がり、夜と朝の境目みたいな薄青い空が、少しずつ白み始めていた。
コンパートメントの中には、私と神田の二人だけだった。
神田は向かいの席へ深く腰を下ろし、腕を組んだまま窓の外を見ている。
私も何を話せばいいのか分からず、膝の上で指を組んだまま、しばらく黙っていた。
静かだった。
けれど、行きの汽車とは違う。
息苦しい沈黙ではない。
無理に言葉へしなくても、そこにいていいと思えるような静けさだった。
その時。
汽車が僅かに揺れた。
神田の眉が、ほんの少しだけ動く。
私はその動きを見逃さなかった。
黒い団服の袖口へ、薄く血が滲んでいる。
地下水路で負った傷が、まだ痛むのだろう。
「……腕」
静かに声を掛ける。
神田がこちらを見た。
「血が滲んでる」
「放っときゃ治る」
即答だった。
けれど、いつもより声音に力がない。
私は小さく眉を寄せ、荷物の中から消毒液と包帯を取り出した。
「貸して」
「要らねぇ」
「痛いまま座っている方が、余計に鬱陶しいでしょう」
神田の眉間へ皺が寄る。
「……誰の真似だ」
「誰でしょうね」
静かに返すと、神田は数秒こちらを睨んでいた。
けれど、腕を引くことはなかった。