第28章 【幕間】神田/月影の楽園 後編
私は小さく息を吸った。
「怖いとは思わない」
その瞬間。
神田の空気が、微かに揺れる。
私はその背中を見つめた。
「あなたのことを」
神田は、しばらく何も言わなかった。
やがて。
「……馬鹿か」
低く、吐き捨てるような声。
けれど、いつもの鋭さは少しだけ弱かった。
「普通、気味悪がるだろ」
「気味悪くなんてない」
即答だった。
神田が、ゆっくりこちらを振り返る。
蒼い瞳。
夜明けの薄い光の中で、その奥が僅かに揺れて見えた。
「あなたが、ずっと苦しかったことは分かった」
静かな声。
「でも、それであなたを見る目が変わることはないわ」
神田の眉間へ、深い皺が刻まれる。
何か言い返そうとして。
けれど、言葉にならなかったみたいに、唇だけが僅かに動いた。
長い沈黙。
やがて神田は、視線を逸らした。
「……あれは」
低い声。
「本来、お前が知るような話じゃねぇ」
夜明け前の冷たい風が、静かに吹き抜ける。
「教団の連中も、表じゃ触れねぇ」
「……」
「知らなくていいこともある」
ぶっきらぼうな声。
けれど、その言葉は拒絶というより、これ以上私まで巻き込ませないための忠告みたいだった。
私は小さく目を伏せる。
白い部屋。
拘束具。
薬品の匂い。
血。
あの場所には、人を人として扱わない冷たさがあった。
胸の奥が、僅かに軋む。