第28章 【幕間】神田/月影の楽園 後編
「もう、誰かを連れて行かなくていい」
喉の奥で、『ニルヴァーナ』が淡い白銀の光を零した。
「置いていかれた痛みを、他の誰かへ渡さなくていい」
サフィアの姿をしたAKUMAの瞳が、僅かに揺れた。
私は静かに続ける。
「あなたも、もう休んでいいの」
その瞬間、サフィアの唇が微かに震えた。
『……サフィア』
掠れた声。
最後に零れたのは、彼女の名だった。
その瞬間。
サフィアの身体が、静かに光へ溶けていく。
黒い灰ではなく。
淡い粒子となって、水路の闇へ消えていった。
しゃらり、と。
最後に鈴の音だけが、静かに響く。
そして。
地下水路から、嫌な気配が完全に消えた。
私は小さく息を吐いた。
張り詰めていた空気が、ようやく解けていく。
その時だった。
「……ティファ」
低い声が落ちた。
振り返る。
神田が、こちらを見ていた。
蒼い瞳。
いつもの無愛想な顔。
けれど、その奥にあるものだけが、少し違って見えた。
数秒の沈黙。
やがて神田が、小さく視線を逸らす。
「……さっきのこと」
低い声。
「誰にも言うな」
白い部屋。
黒い髪の子。
神田が、ずっと誰にも見せずに抱えていた痛み。
私は小さく頷く。
「ええ。言わないわ」
神田は何も返さない。
ただ、ほんの僅かにだけ、張り詰めていた肩の力が抜けたように見えた。