第28章 【幕間】神田/月影の楽園 後編
サフィアの記憶。
泣き続けた声。
置いていかれた痛み。
そして、神田へ触れた時に見えた、白い部屋。
どれも私が簡単に理解出来るものではない。
それでも。
「でも、その声は……あなたを救う声じゃない」
私は強く、神田の団服を掴んだ。
「あなたを死の方へ引きずりたいだけよ」
その瞬間。
サフィアの笑みが、初めて歪んだ。
『……邪魔しないで』
地下水路の空気が、一気に冷える。
次の瞬間。
サフィアの爪が、真っ直ぐ私へ振り下ろされた。
轟音。
火花が散る。
六幻が、真正面からその爪を弾き飛ばしていた。
私は息を呑む。
神田が、私の前へ立っている。
片腕で私を後ろへ押し下げるように庇いながら、サフィアを睨み付けていた。
「……触んな」
低い声。
怒鳴ってはいない。
けれど、それは底冷えするほど冷たい殺気だった。
サフィアが、ゆっくり目を細める。
『まだ、誰かを庇うのね』
甘い声。
『そうやって守ろうとして、また失うの?』
次の瞬間。
地下水路の闇が蠢いた。
黒い水面から、無数の腕が伸びる。
『置いていかないで』
『ひとりにしないで』
『一緒に来て』
重なる声。
この空間そのものが、歪んだ執着に呑まれている。
「下がってろ」
神田が低く吐き捨てた。
「でも――」
「邪魔すんな」
短い声。
けれど、その背中は先程までとは違っていた。
もう、幻へ手を伸ばしてはいない。