第28章 【幕間】神田/月影の楽園 後編
地下水路は、思っていた以上に広かった。
石造りの壁は湿り、足元には黒い水が細く流れている。天井から落ちる雫の音が、一定の間隔で暗闇へ響いていた。
灯りはほとんどない。
私の両手に宿る白銀の刃だけが、淡く通路を照らしている。
「……いる」
小さく呟く。
喉の奥で、『ニルヴァーナ』が警戒するように震えていた。
神田は前を向いたまま、六幻の柄へ手を掛ける。
「分かってる」
低い声。
その時だった。
――しゃらり。
鈴の音が、水路の奥から響いた。
暗闇の向こうで、赤い布が揺れる。
私は息を呑んだ。
サフィアが、そこに立っていた。
長い黒髪。
褐色の肌。
右半分の顔を隠す、赤いヴェール。
酒場の舞台で見た時よりも、ずっと冷たい気配を纏っている。
その暗い瞳は、私ではなく、真っ直ぐ神田だけを見ていた。
『来てくれたのね』
甘い声が、水路へ静かに反響する。
神田の空気が、一瞬で張り詰めた。
「……出て来い」
吐き捨てるような声。
サフィアは、ふっと笑った。
『どうして?』
『あなた、怖いもの』
その瞬間。
地下水路の空気が、ぞわりと揺れた。
水面へ映る影が、ゆっくり形を変えていく。
壁際。
通路の奥。
黒い水の中。
そこかしこへ、人影が浮かび上がった。
泣いている女。
震える男。
何かへ縋るように手を伸ばす子供。
虚ろな瞳で、こちらを見ている。
幻覚。
そう分かっているのに、肌へまとわりつく悲しみはあまりにも生々しかった。