第28章 【幕間】神田/月影の楽園 後編
私は目を伏せる。
神田はずっと、こうして一人で抱えてきたのだろうか。
誰にも触れさせず。
知られないように。
けれど、それを考えることさえ、今の私には踏み込み過ぎなのかもしれない。
その時、床へ散った灰の中から、何かが転がる音がした。
カラン、と。
私は反射的に視線を落とす。
黒く煤けた、小さな指輪。
先程の男が身に着けていたものだろう。
私は静かにそれを拾い上げた。
内側には、掠れた文字が刻まれている。
――帰ってきて。
喉の奥で『ニルヴァーナ』が僅かに震えた。
「サフィアは、大切な人を置いていきたくないと願う心に付け込んでいる」
静かに言う。
「その願いを、“一緒に死ねばいい”という形へ歪めているのね」
ナジームが小さく頷く。
「サフィアの目撃情報は、水路沿いに集中しています。この街の地下には、古い貯水路が張り巡らされていて、歓楽街の裏道としても使われているんです」
神田が不機嫌そうに舌打ちした。
「面倒な構造しやがって」
その時だった。
ふわり、と。
風に混じって、歌声が聞こえた。
――置いていかないで。
掠れた女の声。
泣いているみたいな響き。
私は反射的に足を止める。
神田の動きも、同時に止まった。
「……下か」
神田が、床の向こうを睨む。
微かに。
地下から、鈴の音が響いていた。
しゃらり、と。
ナジームの顔色が変わる。
「地下水路……」