第28章 【幕間】神田/月影の楽園 後編
西側の宿屋は、歓楽街から少し離れた場所にあった。
二階建ての古びた建物の前には、既に人だかりが出来ている。怯えたざわめきと不安げな視線が、夜の空気へ渦巻いていた。
「助けてくれ……!」
「中で男が暴れてるんだ!」
私達が近付くと、人々が縋るように道を開ける。
神田は迷いなく宿屋の中へ入った。私もその背中を追う。
湿った空気。
古い木材の匂い。
そして、鼻を刺すような血の臭い。
二階の奥にある部屋は、酷い有様だった。
倒れた家具。
割れた窓硝子。
壁へ残る、無数の引っ掻き傷。
その中央で、一人の男が床へ膝をついていた。
まだ生きている。
けれど、焦点の合わない瞳は、私達ではない何かを見ている。
震える唇が、同じ言葉を何度も繰り返していた。
「違う……俺は……置いていかない……」
その言葉に、隣へ立つ神田の気配が僅かに揺れた。
私は反射的にそちらを見る。
神田は男を睨んだまま、動かない。