第28章 【幕間】神田/月影の楽園 後編
足元の石畳も、夜の路地も、一瞬で遠ざかっていく。
代わりに流れ込んできたのは、冷たい空気だった。
白い天井。
薬品の匂い。
硬い寝台。
拘束具の軋む音。
誰かの荒い呼吸。
痛い。
苦しい。
頭の奥を焼かれるみたいに、息が出来ない。
『――ユウ』
声がした。
若い少年の声。
視界の奥に、黒い髪が揺れる。
泣いているのか、笑っているのか分からない顔。
細い手の中には、淡い色の花が握られていた。
次の瞬間。
景色が赤く染まる。
血。
叫び声。
砕ける音。
床へ散る花弁。
『痛いよ、ユウ』
胸が潰れるほど苦しくなる。
知らない記憶。
知らない声。
なのに、その痛みだけがあまりにも生々しくて、身体の奥まで入り込んでくる。
『……お願い』
黒い髪の少年が、血に濡れた手を伸ばしていた。
『ユウ……一緒に……』
「っ……!」
ぶつり、と視界が途切れた。
私は反射的に神田の腕を離す。
足元がふらついた、その瞬間。
強い手が私の腕を掴んだ。
「……おい!」
すぐ近くで、神田の声が響く。
顔を上げると、彼が険しい顔で私を見ていた。
「何見た」
低い声。
空気が凍る。
私は息を整えようとする。
けれど、白い部屋も、血の匂いも、黒い髪の少年の声も、まだ頭の奥へ焼き付いて離れなかった。