第27章 【幕間】神田/月影の楽園 前編
けれど神田は、周囲を睨むように視線を巡らせたまま続ける。
「……空気が妙だ」
確かに。
この店へ入ってから、妙な感覚が消えない。
熱気。
音楽。
笑い声。
その全部の奥で、“何か”だけが静かにこちらを見ている気がする。
私は小さく息を吐き、踊り子へ視線を向けた。
「少し聞きたいことがあるの」
女は煙管を持ち直しながら、妖艶に目を細める。
「なぁに? 観光案内?」
「この店、最近変な噂があるでしょう」
その瞬間、女の笑みが僅かに止まった。
私は静かに続ける。
「傷のある踊り子のこと」
酒場の喧騒が、遠く感じた。
女は数秒黙ったあと、ゆっくり煙を吐き出す。
「……誰に聞いたの」
「仕事よ」
静かに返すと、女は私達を値踏みするように見た。
神田は相変わらず不機嫌そうに腕を組んでいる。
やがて女は、小さく肩を竦めた。
「サフィアは昔、この店で一番人気だった踊り子よ」
女の視線が、中央の舞台へ流れる。
「男も女も、皆あの子に夢中だった。踊れば店中が静まり返って、終わった途端に客が金貨を投げる。そういう女だった」
しゃらり、と。
どこか遠くで鈴の音が鳴る。
女の視線が、ほんの少しだけ揺れた。
「でも、ある日突然消えたの。何があったのかは誰も話さない。店も、あの子の名前を出したがらなかった」
「それが、最近また現れ始めた?」
「そう。赤いヴェールを被って、夜の路地を歩いてるって」